カモメ26@千葉ロッテまとめ

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    (出典 tsurezure-baseball.com)



    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/05/28(Thu) 12:26:37 ID:UdprxO2+9.net

    ほっとした戦力外通告「プロ野球の世界では負け組。でも社会人では勝ち組に…」94年中日・ドラフト1位の今は32人の部下を持つ工場の現場監督

    読者の質問に答えます「地元ドラ1の今」

     今回の読者の質問に応える企画は「地元ドラ1の今」。ドラフト1位で愛知・豊田大谷高から1994年、中日に入団した平田洋さん(44)の現在を紹介する。通算2試合登板で終わった現役時代を振り返るとともに、根尾、石川昂と2年連続で入団した地元出身の高卒ドラ1への思いも語った。

     名鉄・豊田市駅から車で約10分。工場地帯の一角に「豊田鉄工広久手工場」がある。衝突時の衝撃を緩和する自動車部品を製造するこの工場で、かつての「ドラ1」は工長として現場を監督する仕事に携わっている。

     「簡単に言えば改善作業です。お客さんに品質を保証するために、決められた時間の中で同じ作業を同じ動作で繰り返してもらうのが大事。野球では反復練習はあっても、試合では打者と対戦するわけですから、毎日同じということはなかった。全然違いますよね」

     平田さんは24歳で引退した。サラリーマンに転身して21年。小学5年で始めた野球歴よりも、サラリーマン歴の方が長くなった。自分の仕事について説明する口調も今では滑らかだ。

     豊田大谷高からドラフト1位で94年、中日に入団。最速148キロの将来のエース候補はまさに期待の星だった。プレッシャーも「目立つことが好きだった」とプラスに捉えた。

     プロ1年目のキャンプ。1軍で迎えた。初めてのブルペンですでに球界を代表する左腕だった今中、山本昌の球に衝撃を受けた。それでも怖いもの知らずの18歳。キャンプを過ごしながら「この世界で勝負できる」と自信も湧いていた。圧巻の球威に、周囲は舌を巻いていた。

     ところが落とし穴があった。キャンプでいきなりいろいろな人からアドバイスを受けた。「自分の引き出しが少なくて頭が整理できなかった。自分の投球を見失っていました」。高校でも厳しい練習はしてきたが、投球についてあれこれ指導を受けた経験はなかった。

     「高校の時の投げ方に戻せばいい」と言われ、何度も高校時代の写真や映像と見比べた。いくら形を戻そうとしても、感覚だけは取り戻せない。「プロでのいい思い出はなかったですね…」。「自分の投球」ができたと言えるのも、1年目の3月にあった2軍の試合だけだった。

     プロ5年目の10月に戦力外通告を受けた。「さみしさもありましたけど、一番はほっとしました。あの時には試合で投げても直球は130キロ台。『もう試合で投げなくてもいいんだ』と安心したのを覚えてます」と当時の心境を打ち明ける。

    地元高卒ドラ1の後輩…成長を見守りたい

    引退直後に母校の関係者から誘われ、99年に今の会社に入った。「プロ野球の世界では負け組。でも社会人では勝ち組になってやるという強い思いでやってきました」。現場の作業員から班長となり、今はさらに一つ上の工長として32人の部下を持つ立場になった。

     テレビでプロ野球を見ることもない。それでも中日に根尾、石川昂が入団したことは耳に入る。「2人とも甲子園で全国制覇。すごい場所で試合をしているわけですから、芯の強さは持ってると思うんです」と自身が貫き通せなかった“我”の強さを感じている。

     「プロの変化球の切れは全然違いますし、すぐに活躍するのは難しい。常に自分で考え、自分で弱点を見つけ、課題に取り組むのが大切。下積みが長くなっても、大事なところはぶれない選手が成功すると思うんです」

     地元高卒ドラ1の先輩は、陰から2人の成長を見守る。「将来的には3番・根尾君、4番・石川君ですか。見てみたいですね」と頬を緩めた。

     ▼豊田鉄工 愛知県豊田市に本社を置く自動車プレス部品メーカー。1946年創業で2018年度の連結売上高は3718億円。近年は軟式野球にも力を入れており、新年恒例の中日スポーツ杯争奪愛知県軟式野球新春選抜リーグ戦では19年に初出場ながら2位と躍進し、今年も4位と健闘した。

    5/28(木) 10:00
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200528-00010008-chuspo-base

    2chMate 0.8.10.64/Sony/SO-03K/10/LR

    (出典 i.imgur.com)


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    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/05/28(Thu) 18:29:50 ID:HJTtDAZ89.net

    新たな想いを胸に活動再開

    これまで甲子園通算80勝(春20勝・夏60勝)・全国制覇7回(春2回・夏5回)の名門を誇りながら、4月8日(水)からの部活動休止・休校措置により他の県立高と共に全体練習を停止していた県立松山商(愛媛)野球部が5月25日(月)のミーティングから再始動。

    【動画】夏将軍・松山商の練習再開初日の模様に徹底密着!

     県立今治西で春夏通算11度の甲子園出場。2007年秋田国体優勝を成し遂げた大野 康哉監督にとっても、松山商異動後初となる選手指導となった。

     大野監督は、まず5月25日(月)には1・2年生部員にはあらかじめメニューを与えての個人練習を課し3年生部員全15名とは個人面談。事前に3ページにわたる「松山商業高校野球部3年生の皆さんへ」を配布した上で、「自分自身の決断し、個人の決断が全員が尊重する」などを約束した上で全員の意思を丁寧に確認した。

     結果、3年生は「甲子園という目標は消えてしまったけど、頑張ってきた仲間たちは消えない」とコメントした主将の国澤 彪馬(二塁手・右投右打・168センチ64キロ・松山市立久米中出身)をはじめ全員が愛媛県高野連が8月上旬に開催を目指している県独自の大会までの高校野球継続を表明。

     指揮官も選手たちの男気に「大変感激したし、大人が思っているほど、子どもたちは弱くない。改めてしっかりやっていこうと思った」と、新天地での誓いを新たにした。

    選手それぞれの良さを見つけ、目標と目的の達成へ


    そして翌日26日(火)・松山商は全部員61名(3年生選手14名・2年生選手20名・1年生選手24名・3年生男児マネージャー1名・2年生女子マネージャー1名・1年生女子マネージャー1名)が同じグラウンドに集い、ミーティング時は全員がマスク着用。

     着替えは学年別に分けるなど「三密」回避などに最大限の配慮を払いながら、2020年度初の全体練習を約2時間半行なうことに。

     練習内容は全員での補強運動の後、内野手・外野手はスイング・打球・捕球・送球といった様々な野球感覚を取り戻すためのティーノック。一方、バッテリーは最速142キロ左腕の松崎 来雅(2年・投手・左投左打・168センチ62キロ・ヤング倉敷ピーチジャックス<岡山>出身)をはじめ全員がブルペン入り。2・3年生は40球、1年生は20球の立ち投げで高めいっぱいにストライクを入れる感覚を養った。

     その間、松山商のユニフォームをはじめてまとった大野監督は精力的にグラウンドを走り回り、自らがお手本となって侍ジャパンU-18代表コーチも務めた技術論・精神論を丁寧に惜しみなく伝授。「なぜ必要なのか、そうするのか、しなければならないのか納得して練習をもらう」方針と「松山商の大野として、仲間に加えてもらう」決意を自らの行動で示している。

     今後しばらくは、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点も含めて平日は2学年ごとの練習、休日はポジションごとに時間を分けての2時間程度練習で徐々に練習強度を上げつつ、「今日という日は常に明日への準備の日」を積み重ねて、夏以降の舞台で躍動する準備を整えていく松山商。

     「1人1人のいいところを早く見つけてやりたい」指揮官の想いに選手たちが反応し自ら成長していく状況が整えば、2001年夏のベスト4以来遠ざかっている甲子園到達。その先にある「目標は全国制覇!目的は人間形成」という松山商野球部の部訓は、さほど遠くない日に実現性のある形となりそうだ。

    5/28(木) 12:01 Yahoo
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200528-00010004-hbnippon-base


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    (出典 npb.jp)



    1 風吹けば名無し :2020/05/28(Thu) 20:11:49 ID:pAZ9EsCCa.net

    大石達也


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