カモメ26@千葉ロッテまとめ

主に千葉ロッテマリーンズや高校野球等
あらゆる野球に関するおもしろネタや試合情報、
画像、動画などをまとめています。
ご関心があればぜひご覧ください。



    (出典 grapee.jp)



    1 臼羅昆布 ★ :2020/05/22(金) 18:57:59.73

    2020.5.22 16:35
    https://www.sanspo.com/geino/news/20200522/sot20052216350005-n1.html

    大阪府の吉村洋文知事(44)が22日、今夏の全国高校野球選手権大会(甲子園)は中止されたが、
    「大阪大会だけでも実現できないか準備に入る」と宣言した。
    美容外科、高須クリニックの高須克弥院長(75)は吉村知事のツイートに対し、「大阪大会ができたら
     素晴らしい。贅沢な要望でありますが、そのまま決勝までやれたらもっと素晴らしいと思います」と期待した。
    吉村知事は夏の甲子園が中止になった20日、「甲子園を夢見て小学生くらいから一生懸命やってきた選手、
     学生の気持ちを考えたら、本当に断腸の思いだと思う。ぜひ高野連には、考え直してもらいたい。リスクを
     高野連がとってやるべきなんじゃないのか。(大会を)なくせばリスクはなくなるが、そこで失われるものは
     非常に大きい」と話していた。


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    (出典 baseballking.jp)



    1 風吹けば名無し :2020/05/28(木) 15:10:07.42 ID:svY/MYLE0.net

    既に5人決まってる模様
    https://news.yahoo.co.jp/articles/09830b9200930bd47c1a2bb02a342d0c29eac475


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    (出典 dot.asahi.com)



    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/05/27(水) 22:28:55.99 ID:feVGMaPO9.net

    ◆『男たちの挽歌』第19幕:元木大介

    その男は、今季から巨人一軍ヘッドコーチになった。

    25日、元木大介は巨人球団公式インスタグラムでインスタライブを行い、1時間近くファンと軽快なトークで交流した。コーチ就任時は大物OBから“タレントコーチ”なんて批判されていたが、いまや各チーム取材規制で球団独自の情報発信力が求められる中、そのラーメン屋……じゃなくてテレビで鍛えたタレント性は貴重だ。

    実は本連載も、今週は「王貞治編」を予告していたが、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため図書館が約3カ月休館となり、資料が揃わず元木大介編に変更してお送りすることとなった。なお、小学6年生の時に後楽園球場で、その王と記念写真を撮ってもらいYGマークに憧れたのが元木である。

    「大きくなったら巨人軍に入れよ」と王から挨拶がてら声をかけられた大阪の野球少年は、やがて上宮高校へ進み、甲子園で歴代2位タイの通算6本塁打を放つ高校野球史に残るスラッガーへと成長する。

    ◆ 憧れの巨人と浪人生活

    そして、イケメンで女性人気も高かった甲子園のアイドルは、ドラフト会議前に巨人入りを熱望したのである。だが、1989年(平成元年)のドラフトは野茂英雄や佐々木主浩が顔を揃えた歴史的な豊作年。巨人は早くから六大学の三冠王スラッガー大森剛(慶大)の獲得へ動いていたが、17歳の元木の実質的な逆指名に球団内部も揺れる。

    元木のスター性や話題性は、この年限りで引退する中畑清の後釜三塁手として、申し分のない逸材だ。だが、蓋を開けたら1位大森で、夢破れた元木はダイエーホークスの外れ1位指名を受けるも、これを拒否してハワイでの浪人生活へ。

    ちなみにハワイといっても華やかなワイキキビーチではなく、街灯もない島の裏のさびれた地区。テレビの『大相撲ダイジェスト』日本語放送が唯一の楽しみで、人恋しさに日本人の新婚カップルに話しかけたりもした孤独な青春の記憶。

    肝心の野球は地元少年野球コーチの大工のおじさんに頼んで、マシンとボールを借り、だだっ広いフェンスもないグラウンドで打ち続ける。試合は地元の草野球チームで、無名の大学チームと試合をする日々。せめて肩が弱くならないようにピッチャーを希望した。そんな生活を半年ほど続け、ようやく90年ドラフトで悲願の巨人1位指名を受けるわけだ。

    ◆ 終わることなきサバイバルの始まり

    しかし実質的な1年のブランクもあり、プロのサイズとスピードに戸惑う。だが、元木にはクレバーさがあった。冷静に現実を見て長距離砲への夢を捨て、つなぎ役の右打ちを覚えモデルチェンジを試みたのだ。チャンスに強い打撃と、どこでも守れる内野の便利屋、時に外野守備にも就き、さらに夜はチームの宴会部長として次第に出番を増やしていく。

    いい車に乗って、高級な酒を飲みたいという、若手時代から一昔前の昭和のプロ野球選手のような人生観だったが、スポンサーをつけて飲むことはしなかった。時間に縛られ、気を遣うくらいなら自分の金で飲んでいた方が断然いい。東京の遊びをそれなりに楽しみながら、元木は周囲に流されない強さとしたたかさを持っていた。

    その頃、90年代中盤以降の巨人は長嶋政権の大型補強時代だ。清原和博、石井浩郎、広沢克巳(現・広澤克実)といったベテラン、さらに逆指名で同学年の仁志敏久。96年から3年連続でマント、ルイス、ダンカンと終わりなき助っ人三塁手補強まで。だが、ことごとくハズレ助っ人というなんだかよく分からない強運ぶりも発揮して、キャンプでは毎年のようにリタイア第1号元木が鉄板ネタとなりながらも、シーズン終盤には気が付けばレギュラーとして起用されている。

    チームが4番打者タイプばかり集めていた時期、一軍で生き残るために考え方を変え、プレースタイルを変え、やがて元木は長嶋監督から“クセ者”と重宝されるようになる(ちなみにミスターには結婚式の仲人も務めてもらった)。

    チャンスで打席が回るとワクワクするという強心臓ぶりに、大観衆の前で顔色を変えずに隠し球を決める図太さを併せ持つバイプレーヤー。98年、99年にはオールスターにファン投票で選出され、キャリアハイは26歳で迎えた98年の打率.297、9本、55打点。この年の得点圏打率.398はリーグトップの勝負強さだった。

    https://news.yahoo.co.jp/articles/24a981fc75986016eae3a11bfa9712d401887ccd
    5/27(水) 12:22配信

    http://npb.jp/bis/players/01103883.html
    成績


    【【プロ野球】元巨人元木大介氏 打率3割を残しながら33歳の若さで引退した”曲者”】の続きを読む

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