カモメ26@千葉ロッテまとめ

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    (出典 www.asahicom.jp)


    懐かしい

    1 砂漠のマスカレード ★ :2021/02/25(木) 19:02:09.16 ID:CAP_USER9.net

    【カツノリには「親父に恥をかかせるな」と言っていた】

    ――前回は長嶋一茂さんについて伺いました。その最後で「次回はカツノリについて話そうか?」とのことでしたので、現在、東北楽天ゴールデンイーグルスの二軍育成捕手コーチを務めている野村克則さんについて聞かせてください。

    八重樫 一茂には「長嶋さんの息子」という周囲の期待があったように、カツノリにも「野村監督の息子」というプレッシャーは常にあったと思います。カツノリが入団した1996(平成8)年はまだ野村さんが監督で、僕は一軍のバッテリーコーチでした。その次の年から二軍監督になったので、カツノリとはずいぶん一緒に練習しましたよ。

    ――八重樫さんにとっての上司である「野村監督の息子」の入団は、コーチとしてはやりづらかったんじゃないですか?

    八重樫 そういうのは、僕は全然関係ないから(笑)。いくら「監督の息子」であろうと、一生懸命、練習するかどうか。それを大切にしていましたからね。当時、彼によく言ったのは「親父に恥をかかせるなよ」ということでした。

    ――カツノリさんは、明治大学からドラフト3位で入団しました。東京六大学では首位打者、打点王も獲得。ファーストとしてベストナインも選ばれていました。入団時の印象、そして実力はいかがでしたか?

    八重樫 この連載でも言ったように、一茂が入団してきた時には「すごいポテンシャルだな」と驚いたけど、カツノリにはそういう印象は全然なかったですね。正直に言えば、「プロに入れるレベルじゃないな」と思いました。ただ、気持ちは強かった。「プロの世界でやってやろう」という意気込みは強かったし、「どうすればうまくなるんだろう」という向上心もすごくあったよ。

    ――入団当初は「プロのレベルではないな」と思っても、「うまくなりたい」という思いがあれば、うまくなれるものなのですか?

    八重樫 うーん、難しい質問ですね。それは人によるのかな? ただ、カツノリの場合は致命的に体が固かったんですよ。彼は、1年目は一軍で出場していないですよね。最初はストレッチの指導から始めましたから。

    【サッチーからお中元、お歳暮が】

    ――確かにルーキーイヤーの1996年は、一軍出場はありませんでした。2年目の1997年から主に途中出場という形で一軍に出場し始めます。

    八重樫 キャッチャーにとって、股関節の柔軟性はとても重要なんです。でも、カツノリは構えた時にかかとが上がるから、構えた態勢でちょっと頭を押すと、すぐにぐらつく。股関節、膝関節、足首の関節、どれも固いから、きちんと構えられない。それが徐々に克服されてきたのが2年目以降、ということだったんだと思います。

    ――以前、古田敦也さんにインタビューした時に「僕はものすごく柔軟性があるんです」と言っていました。八重樫さんから見て、どうでしたか?

    八重樫 古田は本当に柔らかかったですよ。股関節が柔らかいから、ペターッと地面につくぐらい低い位置で構えることができたし、ほとんどぐらつかない安定感がありました。古田の場合は柔ら*ぎるんですけどね(笑)。

    ――入団時に抱いた「プロのレベルではないな」という、カツノリさんへの印象は、少しずつ「プロらしくなってきたぞ」と変化していったのですか?

    八重樫 だんだん、プロらしくなっていきましたよ。守りもバッティングも。確か、この頃に一度、カツノリが太ももを火傷したことがあったんです。

    ――太ももを火傷? どういうことですか?

    八重樫 体を柔軟にするためなのか、痛みやコリをとるためなのかわからないけど、太ももに「もぐさ」をやって火傷したらしいんだよね。せっかく一軍に行ったのに、二軍に落ちてきたから、「どうした?」と聞いたら、もぐさが原因だった(笑)。サッチー(野村沙知代)に言われて試したんだと。そうそう、カツノリが二軍にいた時、一軍の松井優典マネージャーから「カツノリを早く一軍に上げろ」って、しつこく言われたことがあったんだよね。

    ――それは野村さんの要望なんですか?

    八重樫 いや、たぶんサッチーだと思うよ(笑)。松井さんと沙知代さんは、距離が近かったから。サッチーはとにかくカツノリをかわいがっていたからね。僕のところに、サッチーからお中元、お歳暮が届いたこともありました。千疋屋のゼリーの詰め合わせ。あれは「夫と息子をよろしく」という意味じゃなく、間違いなく「カツノリをよろしく」という思いからだったと思いますよ。

    2/25(木) 11:10
    https://news.yahoo.co.jp/articles/21692c57730d68d9b166039ebc36acab4839329c?page=3

    https://npb.jp/bis/players/91393882.html
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    (出典 sportiva.shueisha.co.jp)



    1 砂漠のマスカレード ★ :2021/02/25(木) 07:21:16.71 ID:CAP_USER9.net

     これまで阪神(2006-2017)、DeNA(2018-)でプレーし、「1197試合・.252・9本・217打点・755安打」といった数字を残しているプロ16年目・33歳の大和。23日に自身の公式インスタグラムに投稿した内容が、ネット上のプロ野球ファンの間で物議を醸している。

     大和は同日22時半ごろ、自身のインスタストーリーに投稿(現在は削除済み)。
    自身が着用していると思われる黄色のリストバンドの写真を添え、「リストバンドの色とか別に何色でも良くね?」、「いちいちつっかかってくんな うざい笑」と不満をにじませた文章を投稿している。

     今季がDeNA移籍4年目の大和は同日も阪神との練習試合に出場するなど怪我なく調整を進めているが、前述の投稿に至った具体的な経緯は不明。
    ただ、リストバンドの色が古巣・阪神のチームカラーと同じ色であることから、この点について他者から何か言われた可能性もある。

     今回の投稿を受け、ネット上には「大和さんがインスタでブチ切れてるのは初めて見た、相当ムカつくことを言われたんじゃないか」、「古巣との試合で黄色のリストバンド着けてたことで何か言われたってことなのか?」、「好きで着けてるだけだろうに、他人からケチつけられるのは不憫すぎる」、「大和が何を言われたのかは知らないけど、リストバンドの色なんて何色でもいいから気にしないで」といった反応が多数寄せられている。

     DeNA・三浦監督、開幕戦での勝利は絶望的か 阪神・矢野監督とも因縁? 現役時代の“負の歴史”は払しょくできるのか

     「現在、各球団の春季キャンプや対外試合は無観客で行われており、報道陣の出入りにも制限がかかっている状況が続いています。そのため、大和は直接ではなくSNSなどを通じて、黄色のリストバンドを着用していることに難癖をつけられたのではないかと思われます。大和はこれまでの報道では寡黙で物静かな人柄とたびたび伝えられているのですが、強く不満をにじませている今回の投稿に驚いたファンも多かったようです」(野球ライター)

     今回の投稿後、大和は24日17時までにインスタに新たな投稿はしていない。今後この件について真相を語ることはあるのだろうか。

    文 / 柴田雅人

    記事内の引用について
    大和の公式インスタグラムより
    https://www.instagram.com/yamato.maeda.11.05/


    https://dailynewsonline.jp/article/2650859/
    2021.02.24 18:30 リアルライブ


    https://www.google.co.jp/search?q=%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E3%80%80%E5%A4%A7%E5%92%8C%E3%80%80%E6%88%90%E7%B8%BE&source=lmns&bih=657&biw=1366&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwiz8vr4xoPvAhUE_5QKHQ-dDb8Q_AUoAHoECAEQAA
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    (出典 webronza.asahi.com)



    1 砂漠のマスカレード ★ :2021/02/26(金) 08:37:47.56 ID:CAP_USER9.net

     元西武・清原和博氏が24日、自身の公式ユーチューブチャンネルに動画を投稿。現役時代に出場した日本シリーズで号泣した真相を明かした。

     今回の動画で清原氏は元西武監督・東尾修氏をゲストに迎え、西武時代のグラウンド内外での思い出をテーマにトーク。その中で、1987年日シリ第6戦・西武対巨人戦で試合中に号泣した理由を語った。

     同戦に「4番・一塁」で先発した当時プロ2年目・20歳の清原氏は、「3-1」と西武2点リードで迎えた9回裏、マウンド上の工藤公康(現ソフトバンク監督)が2アウト目を取った直後に一塁の守備位置で突然号泣。直後に二塁手・辻発彦(現西武監督)から肩をたたかれ励まされながらも涙を流し続ける姿は、現役時代の清原氏を代表するシーンの一つとして広く知られている。

     当時の報道では、日本シリーズ2連覇(前年は広島に勝利)が目前に迫る喜びによるものではとの見方もされていたこのシーン。ただ、清原氏によるとそうではなく、「(あの時は)ファーストからバッターを越え(て巨人ベンチを見)ると、王さん(当時の巨人・王貞治監督/現ソフトバンク球団会長)の姿が見えた。それで(1985年ドラフトで巨人が)桑田(真澄/現巨人投手チーフコーチ補佐)を指名した時に、王さんがテーブルで笑ってた顔を思い出した」からだという。

     プロ入り前にPL学園高校で活躍した清原氏は巨人入りを熱望していたが、1985年ドラフトで巨人は当初1位指名すると伝えられていた清原氏ではなく、同じ高校で早稲田大学への進学を表明していた桑田を1位で強行指名。ドラフト中継では巨人に指名されなかった失意と悔しさで涙を流す清原氏の姿も映し出されたが、同戦で王監督を見た時に当時の思いが蘇ってきたという。

     また、清原氏によると同年のドラフト後には「母親が王さんの(写真の)切り抜きを持ってきて、『これ見て毎日腕立て伏せしろ!』って(言われた)」ということもあったとのこと。

    母親の言いつけを守り王監督の写真を見ながら日々腕立て伏せをし、ドラフトで味わった悔しさを忘れないようにしていたことも感情があふれ出た一因だったという。

     「(今振り返ると)あれはちょっと恥ずかしいですね」と言いつつも号泣の真相を明かした清原氏。一連の話を聞いていた東尾氏も、「はあ~それは初めて聞いた」と驚いた様子を見せていた。
     両名は動画で東尾氏が監督時代に起こした事件や今季の注目選手についても話している。

     今回の動画を受け、ネット上には「そんな理由だったのか、前年の日本一の時は特に泣いてなかったからあの時はビックリしたのを覚えてる」、「巨人や王さんに対する恨み、悔しさが理由だったとは…」、「桑田指名直後の王さんが笑ってたっていうのは確かパンチョ伊東(伊東一雄さん/同年ドラフト会議の司会)も言ってたな」、「王さんの写真見ながら体を鍛えてたのは初耳」といった反応が多数寄せられている。

     同戦に勝利し日本一が決まった後も、歓喜の輪の中で涙を流し続けていた清原氏。“打倒巨人”にかける思いは、周囲が計り知れないほど強かったのかもしれない。

    文 / 柴田雅人




    (出典 Youtube)
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    【昭和62年】西武 vs 巨人【日本シリーズ第6戦】

    記事内の引用について
    清原和博氏の公式ユーチューブチャンネルより
    https://www.youtube.com/channel/UC9aER0bs2IpqTQNKljzzBFQ

    https://dailynewsonline.jp/article/2651160/
    2021.02.25 19:30 リアルライブ


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