カモメ26@千葉ロッテまとめ

主に千葉ロッテマリーンズや高校野球等
あらゆる野球に関するおもしろネタや試合情報、
画像、動画などをまとめています。
ご関心があればぜひご覧ください。

    カテゴリ: 六大学野球




    (出典 newsimg.oricon.co.jp)



    1 砂漠のマスカレード ★ :2021/02/02(火) 07:47:46.83 ID:CAP_USER9.net

     東京六大学野球リーグの慶大は1日、来年度の新入部員を発表した。西武や巨人などで活躍した清原和博氏(53)の長男・正吾さん(18)ら20人の加入が決定。正吾さんは小学生まで野球を続けていたが、中学、高校と別競技の道へ進んだ。在学中の慶応ではアメリカンフットボール部に所属。異例の再転身に挑む。

     昨年末までに複数回の練習会参加や面談を経て、野球への再挑戦がかなった。堀井哲也監督(59)は「ものすごい打球が飛ぶ」と右打席からの飛距離に加えて、正吾さんの野球への情熱や本気度を買っている。身長は190センチ近く、体重90キロ超と身体能力も高い。

     同部では過去にも高校で柔道やバスケットボールに打ち込んだ選手が門をたたき、代打などで試合に出場したケースがあることも追い風だ。新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言下のため、新人の合流日は未定だが、右投げ右打ちの外野手として神宮の舞台を目指す。

    https://news.yahoo.co.jp/articles/ee5c7f74e1edf3d25aae61d8348eeace90d0ba99
    2/2(火) 7:30配信


    【【大学野球】清原和博氏の長男が慶應大学野球部入部へ アメフトから転身、野球は小学生までやっていた】の続きを読む



    872 ニューノーマルの名無しさん :2021/01/27(水) 22:17:08.07 ID:gZ1iw4KB0.net

    指南役は草


    【【野球】昨季まで慶應大学野球部に所属していた・・・詐欺容疑で逮捕の鶴岡容疑者について】の続きを読む




    (出典 www.news-postseven.com)



    1 征夷大将軍 ★ :2021/01/24(日) 10:44:52.12 ID:CAP_USER9.net

    https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20210123-22
    ベースボールオンライン2021年1月23日(土) 11:02

     昨年の六大学野球秋季リーグは、「早慶戦」で勝ったほうが優勝という大一番だった。早大がライバル・慶大に対し、9回に試合をひっくり返す劇的な逆転勝利。10シーズン(5年)ぶりのリーグ優勝を飾った。普段は冷静沈着な小宮山悟監督も感情が高ぶる。勝利監督インタビューで恩師・石井連藏氏の野球殿堂入りと同じ年に優勝できたことについて問われると、「石井さんの墓前にいい報告ができるのでホッとしています」と涙を流した。

     抜群の制球力で「投げる精密機械」と呼ばれ、プロ通算117勝をマークした小宮山監督は決して野球エリートではない。芝浦工大柏高ではエースを務めたが甲子園出場はならず。テレビで観た東京六大学野球にあこがれ、高校の教員から「早稲田大学向き」だと言われたことで同校を志望する。高校卒業、予備校に通って二浪した後に早大教育学部に入学。野球部に入部すると1年からベンチ入りし、2年秋からエースになる。3年時に監督となった石井氏と出会い、自分自身を見つめ直す大きなきっかけになった。

    早大時代の小宮山のピッチング

     リーグ優勝を目指すのは当然だが、「早慶戦」は絶対に負けられない戦いだった。年齢は小宮山監督が2歳上だが、同学年の大森剛(元巨人)が慶大の四番として立ちはだかった。3年秋の早慶戦では勝利優先のため、9回に大森を敬遠して勝利する。4年生のためにも絶対に勝つと誓ったマウンドで小宮山は敬遠をするつもりだったが、4年生たちが勝負を求めてくれたことに感極まり涙を流した。大学4年間でリーグ通算52試合登板、20勝10敗、防御率1.85。小宮山監督は週刊ベースボールの取材で、「俺は(いつでも、どこでも)ほうれますよ、と。強い気持ちは誰にも負けなかった。それは、石井(連藏)監督から鍛えられたこと。置かれた環境で、知らず知らずのうちに身に付けた」と当時を振り返っている。プロの世界で44歳までプレーしたが、早大で過ごした濃厚な4年間が野球人生の礎になっている。

    メジャー流の考えを取り入れて
     ドラフト1位でロッテに入団すると、1年目から4年連続投球回数170イニング以上、防御率3点台とエース格として稼働する。2年目は10勝16敗、3年目は8勝15敗とリーグ最多敗戦を喫したが、チームが下位に低迷して打線の援護に恵まれなかった試合が多かったことを差し引かなければいけない。この当時は直球が140キロ後半を計測し、制球力に長けた投球スタイルではなく、荒々しく力でねじ伏せていた。

     プロの世界で生き抜くために制球の重要性を考えた結果、小宮山は制球、緩急を使って打者を翻弄する投球術にモデルチェンジする。ボビー・バレンタイン監督が就任した95年はメジャー流の考え方、調整法を取り入れたことも功を奏して11勝4敗、防御率2.60。97年は11勝9敗、防御率2.49で最優秀防御率のタイトルを獲得する。

     同僚だった剛送球右腕・伊良部秀輝とのダブルエースだったが、その投球スタイルは対照的だった。伊良部は150キロ後半の直球を投げ込むのに対し、小宮山の直球は140キロにも達しない。だが、抜群の制球力とスライダー、カーブ、スプリッター、チェンジアップ、カットボール、シンカー、シュートと質の高い多彩な変化球を駆使して打者を手玉に取る。

    NPBでは横浜にも在籍した

     横浜(現DeNA)、メジャー・リーグ挑戦を経てロッテに復帰すると、05年に新魔球「シェイク」を開発したことでも話題になった。ボールを人差し指と中指の2本の指ではさみ、球を押し出すようなフォームで投げる。80キロ台の超遅球は独特の変化をするため、相手打者はバランスを崩して空振りしていた。

     探求心旺盛な性格で「研究者」のイメージが強いが、チームに貢献したいという献身的な姿勢で首脳陣、ナインの人望が厚かった。長年エースを務めていたが、05年は自ら敗戦処理を買って出て31年ぶりとなるリーグ優勝、日本一に貢献。現役最終登板は09年10月6日の楽天戦。代打・セギノールを1球で右飛に打ち取り、当時の史上最年長記録(44歳21日)となるセーブを挙げ、日米20年間のプロ生活を締めくくった。

     19年から母校・早大の監督に就任して注目度は高かった。3季連続3位と悔しい思いを経験し、昨秋に主将でエースの早川隆久(楽天)を擁してリーグ優勝。学生を育てながら勝つ。小宮山監督の戦いはこれからも続く。


    【【野球】頭脳派投手として活躍しプロ通算117勝を達成した早大・小宮山監督の物語】の続きを読む



    (出典 pbs.twimg.com)



    1 征夷大将軍 ★ :2020/09/01(火) 16:56:01 ID:CAP_USER9.net

    早大・早川 8球団視察の前で6回1失点 スカウト「1位じゃないと絶対獲れない」

    ◇オープン戦  早大2―1中大(2020年9月1日 安部球場)

    早大が1日、西東京市東伏見の安部球場で中大とオープン戦を行い、2―1で勝利した。 
    今秋のドラフト1位候補で最速155キロ左腕の早川隆久投手(4年)は、8球団スカウトが視察する前で先発し、6回を3安打2四球で1失点。最速は149キロで5三振を奪った。

    無走者時は140キロ台中盤の直球とスライダーが中心で、走者が出るとツーシームやチェンジアップの比率を増やし、打者に的を絞らせない投球を披露した。

    視察した広島・尾形佳紀スカウトは「スピードは抑えていた印象。コントロールも良いし、色々な球種で勝負できている。即戦力として期待でき、1位じゃないと絶対獲れない投手」と評価した。

    スポニチ 2020.9.1
    https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2020/09/01/kiji/20200901s00001089211000c.html


    【【大学野球】早大・早川がスカウトの前で6回1失点の好投!「1位じゃないと絶対に獲れない」】の続きを読む



    (出典 makyu.yakyutaro.jp)



    1 征夷大将軍 ★ :2020/07/21(火) 07:35:52.90 ID:CAP_USER9.net

    東大、38年ぶり!甲子園球児2人入部 リーグ戦42連敗中“救世主”期待

    東京六大学リーグ戦で42連敗中の東大野球部に今春、2人の甲子園球児が入部した。17年夏の甲子園にベンチ入りした東筑(福岡)出身の別府洸太朗外野手(1年)と18年センバツでベンチ入りした静岡高出身の梅林浩大内野手(1年)だ。東大の甲子園経験者は通算24人目。同一学年の複数入部は82年に都国立から入学した市川武史、川幡卓也以来38年ぶり。浪人生活を経た2人がレギュラー定着を目指す。
    東大に心強いフレッシュマンが加わった。「テレビで見て打線はよく打つイメージ。自分も役に立ちたい」。2浪の末、合格した別府が目を輝かした。

    東筑3年夏の福岡大会。準々決勝の右翼守備でフェンスに左手首をぶつけ、決勝の福岡大大濠戦は三塁コーチャーに。相手エースの三浦にチームは10三振も3―1と辛勝したが、今や法大のエース格としてリーグ通算8勝を挙げている。「自分だけ三浦と対戦できなかったから今度は神宮で」。同年夏の甲子園初戦・済美(愛媛)戦でも三塁コーチャーとして奮闘した。

    将来は宇宙関係の仕事を目指し、同じく理1に進学した梅林は文武両道を目指す。18年センバツは三塁コーチャーとしてチームの初戦突破に貢献。東大では「できれば2年にベンチ入りして、高校とは一つ上のレベルでプレーしたい」とソフトバンク柳田ばりの力強いスイングを夢見て素振りを繰り返す。

    80年夏の甲子園で「都国立旋風」を巻き起こした都国立から82年春、1浪でエース市川と捕手の川幡が入学。市川は83年にリーグ防御率2位で、チームも一時優勝の文字がちらつくなど「赤門旋風」の主役となった。別府&梅林も無限の可能性を秘める。

    練習再開の20日は人数制限のため1年生は参加できなかったが、井手峻監督は「2人を見るのが楽しみ。私も浪人したから大丈夫」と期待をかける。17年秋以来となる白星、そしてその上を目指す。

    スポーツニッポン 2020.5.21
    https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2020/07/21/kiji/20200721s00001089093000c.html


    【【六大学野球】東大が38年ぶりに甲子園球児2名が入部!現在リーグ戦42連敗中のチームにとって救世主となれるか】の続きを読む

    このページのトップヘ