カモメ26@千葉ロッテまとめ

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    タグ:引退後




    (出典 npn.co.jp)



    1 砂漠のマスカレード ★ :2021/02/08(月) 22:25:57.97 ID:CAP_USER9.net


    (出典 image.news.livedoor.com)


    【あの人は今こうしている】

     駒田徳広さん(58歳/元巨人、横浜)

     かつて、満塁時の打率が5割を超えたシーズンもあるほどの勝負強さから「満塁男」と呼ばれたスラッガーがいた。本日登場の駒田徳広さん(58)だ。1980年のドラフト2位で巨人に入団、移籍した横浜でも日本一に貢献した。2001年の引退後は評論家、コーチ、独立リーグ・高知の監督も経験。さて、今どうしているのか?

      ◇  ◇  ◇

    「今日は取材だよね。奥の席にどうぞ」

     都内品川区。東急目黒線・西小山駅から歩いて4、5分のバー「駒田家 Koma’s House(コマズハウス)」へ行くと、眼鏡をかけた駒田さんに迎えられた。

    「オープンしたのが去年の9月1日でね。19年10月に高知ファイティングドッグスの監督を辞めてこっちに戻ってきてから、また始めようかな、って思ってたんだ。で、去年の夏に新型コロナが収まりかけたから開店を決めたってわけ」

     駒田さんが「また」というのは、同店で3回目の出店になるからだ。

    「最初が03年。41歳の時に野球解説業と並行して横浜・関内で2年くらいやってました。2代目は高知の監督をしてた18年3月から19年10月に退任するまで高知市内で。店名は、ずっと『Koma’s House』だね」

     開店後は順調だった。ところが、10月後半以降、再び新型コロナの感染者が増加。今年1月7日、2回目の緊急事態宣言が出され、営業時間短縮を余儀なくされているのはご存じの通りだ。

    「宣言前は感染予防を徹底して18時から22時までの営業でした。でも、今は17時から20時までで要予約。経営は厳しいけど、みんなで感染拡大防止をしなきゃならないんだから仕方がない。要請に従いながら頑張りますよ」

    ■ネット検索して地方から来るお客も

     店内は駒田さんが愛用した野球グッズや現役時代の写真、ポスターの他、1970年8月公開のアニメ「巨人の星 宿命の対決」の貴重なポスター、80年代の男性週刊誌、懐メロのレコード、さらに駒田さんが話題となったスポーツニュースのVHSビデオ(!)まである。そこだけ見ていると、タイムスリップしたかのようだ。

    「全部、僕のコレクション。VHSはビデオデッキがあるから視聴可能です。懐古趣味? そうだね。でも、今の時代だからこそ新鮮味があるんじゃないかな」

     お客は地元がメインだが、ネット検索して地方からやってくる野球ファンも少なくない。

     お目当ては、もちろん駒田さんとの野球談議。史上初の初打席満塁ホームラン、巨人と横浜で日本一、2000年に2000安打を達成し名球会入り、一塁手では最多となるゴールデングラブ賞10回、そして89年の日本シリーズ第7戦で近鉄(当時)の加藤哲郎投手から放った因縁の本塁打と、ダイヤモンドを駆けながらの「バカヤロー」発言など、話題は尽きない。

    「加藤君との件は、さんざんテレビでも話してるし、ユーチューブでその映像を見ることもできるよ。それでも聞きたがるお客さんは多いね」

     野球ファンだけではない。バルセロナ五輪水泳金メダリストの岩崎恭子さん、隣の武蔵小山でスナックを経営している女子プロレスラーの井上京子さんら、アスリートも顔を出す。先週はOPBF東洋太平洋アトム級王者の松田恵里さんもやってきた。

    「松田さんの所属ジムが西小山にあるので、名誉後援会長に就任したんですよ。彼女は3月18日に後楽園ホールで世界戦に挑戦するので、所用がなければ応援に行こうと思っています」

     気になる料金は、チャージが2000円でビールが500円。ボトルキープは黒霧島が2800円、IWハーパーが5800円と実に手頃。

    「庶民的な街・西小山プライスです。気取ったバーじゃないし、僕のコレクションルームに行くって感じで、気軽に寄ってもらえたらいいな、と思っています」



    https://news.livedoor.com/article/detail/19661857/
    2021年2月8日 9時26分
    日刊ゲンダイDIGITAL


    (出典 Youtube)

    横浜 駒田


    (出典 Youtube)

    巨人 駒田

    https://sp.baseball.findfriends.jp/player_image.php


    (出典 stat.ameba.jp)



    (出典 www.sponichi.co.jp)



    (出典 baseballking.jp)


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    (出典 res.cloudinary.com)



    1 ぐれ ★ :2021/01/22(金) 22:23:56.31 ID:CAP_USER9.net

    ※full-Count 2021.01.22

    日本野球機構(NPB)は22日、昨年11月に行われた「第17回みやざきフェニックス・リーグ」に参加したプロ野球12球団の選手に対し、引退後のセカンドキャリアに関するアンケートを実施したと発表した。

    引退後に就きたい仕事は会社経営者16.3%、高校野球の指導者15.5%
     日本野球機構(NPB)は22日、昨年11月に行われた「第17回みやざきフェニックス・リーグ」に参加したプロ野球12球団の選手に対し、引退後のセカンドキャリアに関するアンケートを実施したと発表した。

     対象はフェニックス・リーグに参加した12球団所属選手で、256選手にアンケートを配布。233人から回答(回収率91%)を得た。12球団在籍平均年数は3年で、回答者平均年俸は861.6万円。引退後の生活に不安を感じている選手は116人(49.8%)で、不安要素として「進路」が99人(85.3%)にのぼった。「引退後の進路について考えているか」との問いに、考えている15人(6.4%)、なんとなく考えている83人(35.6%)、考えていない105人(45.1%)、回答なし30人(12.9%)だった。

    「引退後どのような仕事をしてみたいか」については、会社経営者16.3%、高校野球の指導者15.5%、NPB12球団の監督・コーチ14.6%、教員免許を取得して教師9.9%、12球団のスカウト・スコアラー9.4%だった。会社経営者は19年に続いてトップだった。

     高校野球の指導者は18年4位、19年3位タイだったが、20年は2位まで上がった。「プロ・アマが主宰する『学生野球資格回復研修』を受講すれば学生野球指導に携わることができることを知っているか」との質問には、手続きまで良く知っている12人(5.2%)、聞いたことはあるが詳細は知らない156人(67.0%)、全く知らない59人(25.3%)、回答なし6人(2.6%)。高校野球の指導者転身に興味を持っているプロ野球の若手選手は増えてきているようだ。

    【表】「引退後やってみたいこと」1位は会社経営者 NPBが実施した“セカンドキャリア”アンケートの結果一覧

    続きは↓
    https://full-count.jp/2021/01/22/post1031002/


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    (出典 tsurezure-baseball.com)



    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/05/28(Thu) 12:26:37 ID:UdprxO2+9.net

    ほっとした戦力外通告「プロ野球の世界では負け組。でも社会人では勝ち組に…」94年中日・ドラフト1位の今は32人の部下を持つ工場の現場監督

    読者の質問に答えます「地元ドラ1の今」

     今回の読者の質問に応える企画は「地元ドラ1の今」。ドラフト1位で愛知・豊田大谷高から1994年、中日に入団した平田洋さん(44)の現在を紹介する。通算2試合登板で終わった現役時代を振り返るとともに、根尾、石川昂と2年連続で入団した地元出身の高卒ドラ1への思いも語った。

     名鉄・豊田市駅から車で約10分。工場地帯の一角に「豊田鉄工広久手工場」がある。衝突時の衝撃を緩和する自動車部品を製造するこの工場で、かつての「ドラ1」は工長として現場を監督する仕事に携わっている。

     「簡単に言えば改善作業です。お客さんに品質を保証するために、決められた時間の中で同じ作業を同じ動作で繰り返してもらうのが大事。野球では反復練習はあっても、試合では打者と対戦するわけですから、毎日同じということはなかった。全然違いますよね」

     平田さんは24歳で引退した。サラリーマンに転身して21年。小学5年で始めた野球歴よりも、サラリーマン歴の方が長くなった。自分の仕事について説明する口調も今では滑らかだ。

     豊田大谷高からドラフト1位で94年、中日に入団。最速148キロの将来のエース候補はまさに期待の星だった。プレッシャーも「目立つことが好きだった」とプラスに捉えた。

     プロ1年目のキャンプ。1軍で迎えた。初めてのブルペンですでに球界を代表する左腕だった今中、山本昌の球に衝撃を受けた。それでも怖いもの知らずの18歳。キャンプを過ごしながら「この世界で勝負できる」と自信も湧いていた。圧巻の球威に、周囲は舌を巻いていた。

     ところが落とし穴があった。キャンプでいきなりいろいろな人からアドバイスを受けた。「自分の引き出しが少なくて頭が整理できなかった。自分の投球を見失っていました」。高校でも厳しい練習はしてきたが、投球についてあれこれ指導を受けた経験はなかった。

     「高校の時の投げ方に戻せばいい」と言われ、何度も高校時代の写真や映像と見比べた。いくら形を戻そうとしても、感覚だけは取り戻せない。「プロでのいい思い出はなかったですね…」。「自分の投球」ができたと言えるのも、1年目の3月にあった2軍の試合だけだった。

     プロ5年目の10月に戦力外通告を受けた。「さみしさもありましたけど、一番はほっとしました。あの時には試合で投げても直球は130キロ台。『もう試合で投げなくてもいいんだ』と安心したのを覚えてます」と当時の心境を打ち明ける。

    地元高卒ドラ1の後輩…成長を見守りたい

    引退直後に母校の関係者から誘われ、99年に今の会社に入った。「プロ野球の世界では負け組。でも社会人では勝ち組になってやるという強い思いでやってきました」。現場の作業員から班長となり、今はさらに一つ上の工長として32人の部下を持つ立場になった。

     テレビでプロ野球を見ることもない。それでも中日に根尾、石川昂が入団したことは耳に入る。「2人とも甲子園で全国制覇。すごい場所で試合をしているわけですから、芯の強さは持ってると思うんです」と自身が貫き通せなかった“我”の強さを感じている。

     「プロの変化球の切れは全然違いますし、すぐに活躍するのは難しい。常に自分で考え、自分で弱点を見つけ、課題に取り組むのが大切。下積みが長くなっても、大事なところはぶれない選手が成功すると思うんです」

     地元高卒ドラ1の先輩は、陰から2人の成長を見守る。「将来的には3番・根尾君、4番・石川君ですか。見てみたいですね」と頬を緩めた。

     ▼豊田鉄工 愛知県豊田市に本社を置く自動車プレス部品メーカー。1946年創業で2018年度の連結売上高は3718億円。近年は軟式野球にも力を入れており、新年恒例の中日スポーツ杯争奪愛知県軟式野球新春選抜リーグ戦では19年に初出場ながら2位と躍進し、今年も4位と健闘した。

    5/28(木) 10:00
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200528-00010008-chuspo-base

    2chMate 0.8.10.64/Sony/SO-03K/10/LR

    (出典 i.imgur.com)


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